183 posts tagged “思うこと”
=水曜日=
よくチェックしているblogに、こんな言葉があった。blogを書いている方がコメント欄に書かれたもの。以下、抜粋。
子供を叱ってはいけません。
自分を棚に上げる親はいつか子供に裏切られます。
いつも自己ベストを見せているだけで良いのです。
あとは一緒に美味い物を食うだけ。
・・・以上。珍しくすとんと腑に落ちた。私は頭で理屈をこねることが多い。昨夜、すとん、と落ちた言葉は今日一日ずっと私の周りにあって、そのせいか子どもたちに穏やかに接することができた。驚くくらいに。そうしたら、子どもたちも穏やかなのだった。
そういうものだよね。
ところで。
超、がつくほど夜型の私たち夫婦、今回の旅行を機に、朝型の生活に切り替えようという話が出ている。よく眠ることって大切だよね。今だと、子どもと一緒に19時前に食事をして20時過ぎに就寝(本当は子どもだけのはず)の私と、0時過ぎに帰宅、食事〜2時頃就寝、という夫との生活時間の折り合いがつかなくて、お互い足を引っ張り合っているような暮らしになってしまっているから、なんとか変えたい。どうすればいいのかなー。会話する時間は確実にとりたいし、夫の食生活はしっかりしていてほしいし。解決策、模索中。
*予定していた旅日記はまったく書けず。そんなもんです。
=日曜日=
このところ、自分のための時間を、ちょっとずつもらえるようになってきたみたい。といっても、いつでも時間は足りなくて、ふだんは自分のことどころか家のことすら中途半端なまま日を重ねている。だけど、ヨガの時間を確保したり、講座を受けたりする時間が取れるようになってきた。そうしたら、なんだか、いろんなところで得る情報が、別のところでひょっこりつながったり重なったりするようになってきた。
・・・うーん、でもこれは縁とか運命と言われるようなものの力ではなくて、自分の興味が外の方へ向いてきたってことなんだろう。またそんな時期が来たってことだろう。アンコはめっきりお姉さんらしくなって、私がまた少し手を離さなくてはいけないような気がするし、キナコは毎日"自分でやる"ことに余念がない。私は私のケアをすることを考えてもいいのかもしれない。
もちろん、子どもが手を離れるっていうのはもっともっと先のことで、アンコもキナコも大事な時期はまだまだ続くから、自分自分って自己啓発だどうのを言うつもりはさらさらないのだけれど。なんかちょっと先のことを考えはじめようかなー、なんて思う今日この頃。やりたいことはなんだ、って考えさせられるきっかけもたくさんあるし。
こういうことを考えるといつも、どこかでなにかを諦めているという気がしてならない。ハナから勝負しないという、嬉しくない習性が身についているように思える。"それ"をやるのは私じゃない、とはじめから決めてかかっている。そして、自分を過大評価しないようにというブレーキは、常に踏まれている。
でもね。やりたいことがはっきりしたらやってみたらいいんじゃないかと、思うようになってきた。"それ"をやったらやれるのかもしれない。だってダンスがそうだったんだもの。
・・・と思いつつ、なかなか腰があがらないのだな。その時間がもったいないね。なにができるんだろう。なにがしたいんだろう。こういうの考えるって、楽しい。
○その流れで私のところにひっかかってきたキーワードをメモ:
カフェうらら リトルプレス 東京仕事百貨 まちづくり市民の会
=木曜日=
仕事じゃないけれど、なんというか宿題の締切日。こういう日は、なにをしていてもなにかに背中をつつかれているような気分で落ち着かない。もともとなにをやるにもギリギリにならないと腰が上がらない性格で、たとえ締切に追われていても出かけちゃったり雑誌を読んでいたりするので、仕上げるまでの詳細なシュミレーションは避けるようにしている。往々にして甘く見積もっちゃうから(つくづく楽天的な性格だと思う)。今の仕事を請け負ってからは、締切は1日前倒し、を自分に課した。不甲斐ない自分に対するささやかな抵抗。
昨日だったか、夫に、いまやっていることとか今後やりたいこととかについてあれこれ話していたら、アンコに「(お母さんは)なにになりたいの?」と尋ねられた。やりたいことばっかりじゃん、なにになりたいの?・・・って。
なにになりたい、か・・・そういや考えてないなぁ。やりたいことは、今それがやりたいからやりたいのであって、今後することの布石としてやるわけではない。私の場合。それって、どうなのか。もうちょっと、次のステップを見据えつつ考えるほうがいいんだろうな。長期予測、苦手なんだけど。
なにになりたいか、また考えてみようかな。
=水曜日=
またもやなにもできなかった日。眠くて眠くて・・・。そんなときにがんばれなくなってきた今日この頃。そしてそれでもなんとかなるということを知る。じゃあいいじゃない、となれば今どきの、がんばりすぎない、風潮に合うのだろうが、これってさ、ハードルが低くなるんだと思う。じゃあ、良くも悪くもあるんじゃないかと。へ理屈気味に考える。
さて。先日、夫がフリーペーパーを持って帰った。そこに村松友規さんの、霧に遭ったこと(箱根だったか?)を綴った文章が載っていた。それを読んでいたら、昔、霧の夜に歩いたことを思い出した。あの日の霧はとても深くて、車のヘッドライトがかなり近くまで来ないと見えないような状態だった。近所をぐるっと歩いて戻ったら、服がしっとり濡れるくらいで、なるほど雲のなかを歩くときっとこんなふうだろう、とか考えた。そんな日に1人で出歩いたわけはないだろうから誰かと一緒だったのだろうが、はっきりとは憶えていない。なんとなく父といたような気がする、というか、このことを思い出したときに父がセットだったのだ。母ではないし、弟や妹といた記憶もないので、やっぱり父なのだろう。でも、なにを話したとかそういうことが思い出せない。あれは何才くらいのことなんだろう。中学生とか?
あの日、川や海があるわけでもない地元の街に、なぜあんなに霧がたちこめたのか、今考えても不思議。あれから一度も、そんな霧に遭ったことはない。このあたりでは、霧らしきものも見ない。もう一度、遭ってみたいな。現実と非現実の間みたいな、不思議な空間。箱根に行けばいいんだろうか。・・・ということはフリーペーパーの発行元である鉄道会社の目論みどおりなのでは!? なんか悔しいー。
=土曜日=
なんだか子育ての節目を感じた1日。2才児保育に行ける歳になるキナコの、来春からの1年間をどうするか、とか、最近ピアノを熱心に触っているアンコをピアノ教室に通わせるか、とか、小学生になってからの彼女のなにをどうサポートしてやりたいか、とか、そんなことを夫とたくさん話した。
朝からいろんな用がたてこんで(用っていうのはなぜ忙しい日に限って重なるのか)落ち着く時間があまりなかったのだけれど、ひとりでクルマを走らせて行ってきた助産院からの帰り道、"天使のはしご"が遠くに見えて、ちょうどそのときラジオからは虹の歌が流れてきて、とても幸福な気持ちになった。
そしてふと、卒業って再出発なんだなって、納得した。なにかから卒業するというのは、新しい何かを始めるということなんだと、今さら気づいて、あぁそうかと思った。
今日は中秋の名月。朝は雨だったし、夕方になっても雲の多い空だったから期待はしていなかったのに、あまりない、日が暮れてからの帰り道で綺麗な月が見られて、じわっと感動。お月見だんごは作り損ねたけれど、昨日作ったからいいとしよ。今日もいい日だったね。感謝。
*昨日の記事は満を持して後日。
=土曜日=
まだ微妙に頭痛の気配。どうにもこうにもイライラする。片付けが全然進まないから。夫が朝食など手伝ってくれるけれど、片付けるものは増える一方なので、今ひとつ感謝に欠ける。いかんいかん、と思うけれど、なんだかなぁ。むむむー。
子どもと一緒じゃなにをしていたって頭痛が治まるわけではないので、せめて楽しいこと、とまたまた図書館へ。読み聞かせとゲームとが組み合わされたアニマシオンというのに参加した。読まれていたのは『ぐるんぱのようちえん』。それを聞いて、絵本を選んで・・・ふぅ、やっぱり図書館はいいなぁ。
先日アンコと読もうと借りた絵本『おはなしこねずみロミュアルド』のなかに、こんな一節がある。おはなしが大好きなこねずみ、ロミュアルドがお話を読み終えた(正確には、聞き終えた)ときの気持ちを表した文章。
『・・・ロミュアルドは、おはなしのさいごがどうなるのか、早く知りたくてたまりませんでした。でも、本が閉じてしまうのはいやでした。おしまいのページがめくられたときは、かなしいようで、うれしいようで、たんじょうびの夜ベッドに入るときと、よくにていました。パーティーに来たともだちはみんな帰ってしまったけれど、もらったプレゼントだけは、のこっている・・・そんなきもちです。』
これを読んだとき、そう!そうそう!!と、作者に語りかけたい気分になった。童話を読み終えたときの気持ちを、こんなに的確に表現してくれた文は初めて。楽しさと残念さがごちゃまぜになった、あの気持ち。そして、そのお話がくれたものは、ちゃんと残っているんだよね。
私はきっとたくさんの絵本や童話からたくさんのギフトをもらっている。それってとても幸せなこと。アンコやキナコも、その幸せを知ってほしいなぁ。なにかの役にたてば、なんて思わない。ひらひらとココロに積もっていくといいね。
=火曜日=
今日はアンコより1つ年上の男の子のいるお宅でお茶したり、幼稚園で"学童期"がテーマの座談会があったりで、小学生の生活についてあれこれ思いを巡らす日。先日のランドセル選びといい、漠然としていたアンコの小学校生活が、急に現実味をもって想像させられて、進級が近づいていることをひしひしと感じる。
園の座談会の最後に先生が、小学校に求めるものってなに?という質問をした。私は全然思いつかなかった。淡々と通っていたという感覚が強いから、小学校生活についての思い入れが希薄なのかもしれない。係も委員もやったし、鼓笛隊に入っていたし、ドッジボール大会は好きだったし、あの子と運動場のあそこで遊んだな、とか、うさぎの世話をしたこととか、理科の授業で砂山に水を流したこととか、運動会の練習があったこととか・・・そんな風景はたくさん思い出せるけれど、そういうすべては、思い出というより記憶。でも別に小学校が嫌いではなかったし休みたかったこともなく、その代わりに楽しかった気もしない。なんかちょっと他人事みたいな気もする。
ま、それは私の小学校生活がそんなものだっただけで、アンコがそうなるわけではないし、人の話を聞いていると、小学校はもっと楽しいものみたいなので
子どもの成長は嬉しい。でも正直言って・・・まだいいよ。幼児でいてほしい。そんなに早く大きくならないでよ、って芯から思う。みんな、あとちょっとで楽になるよー、って言うけれど。自分の時間ができるよー、って言うけれど。まだ寂しさが勝つなぁ。
=土曜日=
少し前から母とコレステロール値の話をしている。妹の数値が高かったとかで私のことも気にしてくれているのだ。なんでも家族性、遺伝性の高コレステロール症というのがあるんだそうで、そりゃあもう体質だからしかたない。私の最後の血液検査は妊娠中のもので、普段より数値が高く出るのであまり当てにはならないな。このところ健康診断なんて、全然考えてなかったけれど、いま子どもたちを残して入院したり、もっと遠くにいくわけにはいかないし、自己管理、気をつけねばと思う。そういや夫は低コレステロールで引っかかったっけ。だとしたら、うちの食事、これ以上コレステロール値を下げるような内容にするのは無理なんじゃないかなー。余地あるのかなー。
今夜はアンコとお父さんが『ドラムストラック』を観に行っているから、キナコとのんびり。涼しくなった日暮れ前に散歩に出て、すっかり暗くなってから帰ってきた。食事の用意にせかされないから、キナコの好きなように歩かせてやれるし、抱っこも苦にならない。それにくらべて朝の散歩は、出るのが予定より遅くなったから暑くって、ついイライラしてはじめの15分ほどはぶつぶつ文句を言っていた私。それじゃあ散歩も台無しだよね。気分って大事よね。
それはともかく、キナコと寄った本屋さんで、キャンドルとおはなしの時間によさそうな本を1冊購入。日本の昔話がいくつも入った本なんだけど・・・アンコ、気に入るかな。
=月曜日=
今日は午後からなんだかイライラしていたような。今夜から満月だから興奮しすぎないようにねー、とヨガの先生が言っていたけれど、関係があるんだろうか。