15 posts tagged “記念日”
=水曜日=
アンコが6才になった。偶然にも誕生日当日に幼稚園でも誕生会が開かれた。お手伝いのメンバーだったので、キナコを夫に託して朝から幼稚園でスタンバイ。年長さんは誕生会の日に調理実習をするので、そのサポートをするのだ。いくつかのグループに分かれて材料を切る子どもたちを見守るのがメインで、あとは下ごしらえと調理と炊飯と配膳と片づけ・・・疲れた・・・。
エプロン姿になった子どもたちは、とっても真剣に包丁を持ち、材料に向き合う。切るってことに、その子の個性が現れて面白い。とにかく人より早く切りたかったり(だからよそ見をする)、野菜の置き方から検討したり、ひと切れごとに「これくらい?」と確認したり、無言ながら頭の中で「こう持って手はこうで、そしてここを切る」と確認しているんだろうとわかったり。一番感心したのは、野菜の置き方を検討していた子の姿。先生は「ぐらぐらしないところを探してね」という言い方をしていたが、その子は、ぽん、と置いた野菜が平らな面を下にしていたとしても、それがベストかどうか他の面も調べてみるのだ。私にはないなー、その慎重さ。アンコはどうだったんだろう?(母たちは自分の子どもがいないグループを手伝うので我が子は見られない。)
そうしてみんなで作った肉じゃがと味噌汁は、とてもおいしかった。アンコはすべてお替わりしにきた。食の細い子のちょうど2倍を食べたことになる。その頃キナコは、午後から出勤するお父さんから近所の友人(幼稚園OB)たちのもとへ移動。トウモロコシをいただいていたらしい。朝、電話で保育の申し出をしてくれた彼女たちがいなかったら、今日のお手伝いは無理だった。いつもいつも甘えるばかりだが、今日も本当にありがとう。
夜は自宅でお祝い。14時過ぎにキナコを受け取り、15時過ぎにアンコを迎えたあとでフルーツなどを買いに行き、帰宅したのはいつもの夕食の時間。お祝い膳をがんばる気力はすでになく、アンコが希望したマカロニグラタンをなんとか作ったところで電池切れ。本人、嬉しそうなのでよしとする。夫も帰宅して、ささやかなささやかなお祝い。
6年前の今日は、たしか火曜日だったと思う。真夜中の少し前に母の黒いワンピースを着て車で病院に行って、アンコを産んだのだ。あの6月は寒くて、朝、病院の窓を開けたらひやっとしたのだ。あんなに実家から近いのに、車で行ったなんて。あははは。今だったら、ありえない。キナコを産んだ助産院だったら呆れて叱られそうだ。
年々、誕生日の爆発的な喜びは落ち着いて、時を経るごとに多くなる"お世話になった方々"への感謝が増す。でも毎年思い出すことは変わらない。立ち会いのときの夫の格好、生まれてきたアンコに"こんにちは"と挨拶をしたという母の姿(想像図)、早朝に窓から見た父と麿(犬)の姿、足が悪いのに階段しかない病院の3階にある病室まで見舞いに来てくれた祖父のこと。きっと毎年、思い出す。
おかげさまで、アンコはこんなに大きくなりました。こんなに元気で、かわいくて、生意気に育っています。みなさんに感謝。未熟な母も満6才。そしてアンコが1才になったのを機に始めたblogが満5才。これからもよろしくお願いいたします。
=木曜日=
母が仕事を始めたのがいつだったのか、もうはっきりと覚えていない。週に2回、午前中に"出勤"する以外は家で作業をする、在宅の仕事。母の定位置は居間のコタツ机で、台所にいるか、そこにいるか、というくらい、いつもそこに座っていた。夜遅くまで、仕事が終わらないこともあった。仕事をしている母の横に、祖母がちょんと座って延々、喋っている姿も憶えている。
座って字を書いている母の後ろには押し入れがあって、そこの物を出すのに母に触ったり、通りすがりに机に当たったり、冬だったらコタツに入っているときに足を動かしてコタツが揺れたりすると「揺らさないで!」と叱られた。コタツから出入りするときには、慎重に慎重に動くのが鉄則だった。
聞けば勤続25年、だそうだ。メジャーなのにマニアックな職業で、それをしている母が、ちょっと誇らしかった。私が今の仕事を選んだのにも、少なからず影響をしている気がする。
今日、母はその仕事から引退した。きょうだいで相談して、退職祝いのお花を贈った。ありがとう、と電話をかけてきた母の声は嬉しそうで、こちらも嬉しくなる。私たちだけでなく、いろんな方からお花をいただいたそうだ。父は一緒に住んでいる弟に早く帰宅するように指示し、自分はケーキを手に帰ってきたとか。「こんな幸せな退職の日があるかしら」と母は私に自慢した。
感慨より、開放された気分が強いという母。これからはもっと自分のためにだけ時間を使ってくださいな。お疲れさま!!
=木曜日=
本日は、ワタクシの誕生日。
おかげさまで、またひとつ、年を重ねることができた。 重ねただけの甲斐があるような、過ごし方ができたらいいな。
私よりもこの日を楽しみにしていてくれた娘、
大きな素敵な花の包みを抱えて、早めに帰ってきてくれた夫、
家族よりも先にお祝いのメッセージをくれた近しい友人たち、
お忙しいなかお祝いのメッセージをくれた方々、
ずいぶん前からプレゼントを用意して祝いに来てくれた友人一家、
みんなのおかげで、今の私がある。
そして、お祝いメールに返事をよこさない娘を心配して電話してくれた両親。
産んでくれて、育ててくれて、見守ってくれて、ありがとう。
今日は娘の終業式でもあり、
雑事にかかる時間の見積もりが甘かったせいもあり、
いつも以上にバタバタの1日。
恥ずかしながら、昼過ぎの2時間ほどは、そのバタバタのせいでイライラしっぱなし。ついアンコに対する口調がキツくなって、意気消沈させてしまっていた。楽しみにしていたお母さんの誕生日で、終業式の興奮もあって、はしゃいでいたんだよね。お母さんの機嫌が悪いの、悲しかったね。ごめんね。
救世主は友人一家。特にお祝いの会ということでもなく、遊びに来てもらおうと誘ってあったのだが、ゆっくりお茶するどころか、子守りをしてもらっているうちに片付けや掃除をしなくてはならないような有様。申し訳なかったが、ずっとやりたかった床掃除と、自分の食べたいものを作る時間をもらえて、大満足。しかも彼らは、ずいぶん前から準備してくれたプレゼントとお花も持参してくれていた! 思いもよらなくて、感激。その後、大きな花を抱えて帰ってきた夫も合流して、私の地味な料理に炭酸水で、祝杯をあげてもらった。
そういえば今まで、お誕生日会というものを、やった記憶がない。友だちと集まってなにかをすることが得意じゃなかったから、憧れたこともない。子どもの頃は、7人家族に祝ってもらって、一人暮らしを始めてからは彼氏と一緒に過ごして、それで満足だった。
でもね。今日、初めて、家族と友人とに一緒にHappyBirthday♪と歌ってもらって、楽しーい嬉しーい!と心から思った。
繰り返しになるけれど。祝ってくれたみんな、ありがとう。今日を迎えられたことに、ありがとう。家族の笑顔に、ありがとう。大切なものに囲まれた幸せ者を、これからもよろしく。
今日は夫の誕生日。朝食よりも先に、アンコと一緒におめでとう!とプレゼントを渡したら、喜んでくれてよかったよかった☆
=土曜日=
朝から快晴! 今日は気合いを入れて朝からおでかけ。このところ寝坊続きの我が家だが、目覚ましなしでも、ちゃんと起きられてよかった。幼稚園のイベントの日にも、この運がほしい。
まずは電車を乗り継いで、親子で参加できるダンスレッスンへ。各駅停車しか止まらない、いかにも東京のふつうの街、にあるスタジオに着くと、先生親子が笑顔で迎えてくれた。なんと4組欠席だそうで、私たち以外の参加者は、1組だけ。人数が少ないと盛り上がりに欠けてつまらないことが多いのだけれど、今回は違って楽しかった。先生の盛り上げ方がいいんだねー。アンコも今までの体験レッスンのなかでは、一番楽しそうだった。これはいいかも(といって通うつもりは全然ない)。キナコが親孝行だったので、夫も私もけっこう踊れて、満足。苦手な"がんがん踊る"スタイルだったけど、子どもが思い切って動くのにいいなぁ、と自分も踊って実感。でも、予想以上に疲れた。体力ないわ。
ダンスの後は友人とランチ。あまりにも気候がいいので、待ち合わせの新宿駅から御苑まで歩いてみた。御苑に沿った散歩道、とっても大きな銀杏があって、素敵な並木道なんだね! 知らなかった。銀杏の黄色い絨毯の上を、笑いながら歩く3人の子どもたちがかわいくて、友人夫妻とともに親バカになりっぱなし。子連れの落ち着かないながらも楽しいランチをいただいて、また新宿までぶらぶら。友人と散歩を一緒に楽しめるって、なんて穏やかな午後だろう。Mくん、Rちゃん、また会おうね。
友人たちと別れたとき、アンコは夫におんぶして、キナコは寝ていた。夕方にさしかかり日が翳り始めるのも間もなく、という時間。駅前でちょっと思案・・・このまま帰るか、もうひと足のばすか・・・実はずっと行きたかった店があって、夫にも打診してあったのだ。優柔不断な私に夫が「行きたいと思うんだったら行った方がいいよ」と、ひと言。それでココロが決まって、帰路とは反対方向に向かう電車に乗った。えー!?と不満そうなアンコには、ミカンを渡して我慢してもらった。
目指したのは、器屋さん。発端は、お料理に興味があり読んでいた薬膳についてのblog。その写真がいつも素敵だと惚れ惚れしていた。レシピ本として出版されたほどのお料理もさることながら、盛られている器がとてもよくて、よく読ませてもらっていた。そこに出てきた器がもとで、沖縄を訪れたときに、小さな器屋さんを探しに行ったこともあった。そしてある日、そのblogに、器のお店を開きました、という告知があったのだ。それからずっと行きたい行きたい、と思っていた。そのお店が、ここ。
そこは、倉庫のようなそっけないビルの中にあり。古いドアを明けると、色も空気も暖かい空間が広がっていた。ああ、やっと、そう思った。お疲れアンコはオーナーさんにお菓子を勧めてもらって元気回復(これまた素敵な器に盛られていた)。キナコは抱っこで一緒に器を見つめる。目当ては今日から始まった二人展。blogで一目惚れした器たちを実際に手に取って、作ったご本人とお話しして、あぁ幸せ・・・。
ささっと見て帰ろうと思っていたのに、気づけば外は真っ暗。どれもこれも欲しいところを、ぐっとこらえて、夫と相談。これでしょう、と意見が一致したひとつのお皿を、大事に抱えて帰った。これは今年の"結婚記念日記念"品。私たちにとって、初めて一緒に買った作家もの。大事に使わなくちゃ。
そんなわけで、帰宅したのはすっかり日が暮れたあとだった。はぁ、よく遊んだ! ほとんどが大人の時間だったのに、がんばった子どもたち、ありがとう。まだ休みは2日ある。あとは子ども孝行かな。
もうすぐ日付が変わるけど。
今日は結婚記念日。
忘れていたわけではないのだけれど・・・ 今朝、今日がその日だということに気づかず。 夫が「あ、今日だ」と呟いたことで思い出した。 友人宅で遊ぶ約束をしていたから、夕飯はてのかからない"おでん"だし。 あまりにも記念日っぽくないことに焦って、お赤飯を炊く準備をした。 お赤飯ってのも、ちょっと違うよね、と思いつつ。
そんな自分にちょっとびっくり。 記念日だからのなにか、が好きなのにね。今年、特別な企画はナシ。 レストランでの食事も花もアルコールもナシ。 代わりに我が家で最も珍しいものとなりつつある、ケーキでお祝い(普通のケーキは甘すぎる、っていうので、新宿のチャヤのものを夫が買ってきてくれた)。 当然、アンコが大喜び。
見事な黄色に色づいた銀杏、白い砂、赤いお宮。
そんなものに囲まれて、晴天の下、祝詞をあげていただいたあの日から9年。
10年前と変わらず、スピーカーから流れる音に合わせて踊る夫を見ながら、
なんか、地に足着いたなぁ、って。
小さな波はあるものの、穏やかに毎日を過ごしてきたなぁと、
改めて感謝。
夫に、家族に、見守ってくれるすべての人、ものに。
これからも、よろしくね。
キナコ、お誕生日おめでとう!
1歳になったね。1年前、助産院の薄暗い部屋で、あなたが生まれるのを今か今かと、みんなで待っていた。痛みに強いつもりでいた私が、痛みの波がくるたびに、もう嫌だと負けそうになった。長くて、終わりがないみたいに思えて、もういいから生まれておいで、と心から呼びかけた、あの日。お姉ちゃんが、おかあさんがんばれ、と応援してくれたあの日。もうちょっとがんばれば会える、と覚悟した直後に、あっけないくらいひと息に生まれてきたね。
泣きながらお母さんの胸の上に乗ったアナタは、思ったよりずっしりと重かった。その重さにびっくりしながら、ああやっと会えた、って思ったんだよ。
あれから1年。あっという間だった。いろんなことがあった。でもキナコは、よく眠って、病気もせず、いつも穏やかでニコニコ笑って、みんなに元気をくれたね。お母さん、キナコが生まれてきてから、またいろんなことを知ったよ。お姉ちゃんのこと、お父さんのこと、お母さん自身のこと。そしてもちろん、アナタのこと。
アナタは、生まれる前から、お母さんの周りのみんなに愛されて、大事にされていた。そして、生まれてからは、もっともっと、大事にしてもらって、気にかけてもらって、1歳になった。みんなの愛情、伝わってるよね。
近くで、遠くで、見守り、愛情をくれる皆さま。心から、ありがとう。そしてこれからもよろしくお願いします。
キナコ、生まれてきてくれて、ありがとう。お母さんのところに来てくれて、ありがとう。よく笑って、よく踊って、おしゃべりなキナコ。その、まーるい笑顔とまーるい心が、いつまでもアナタにありますように。すくすくと大きくなあれ。だーいすき。
追伸:手型、足型取るの忘れちゃってゴメンね。
目が覚めたら、寒かった。急に秋になったみたい。アンコがくしゃみを連発して鼻をかんでいた。昨夜帰宅して、長袖Tシャツにジーンズ姿のまま、朝まで眠ったのだ。キナコはいつもより起床が遅いみたいで、まだ寝ていた。じゃあいいや、と思ったので、また眠る。夏休みって、いいなぁ。
そんなふうに、いつもより遅く起きたのだけれど、朝食を済ませても、まったく身体が目覚めてこない。だるい。眠い。頭がぼーっとする。昨夜のドラムの影響は、意外にも筋肉痛ではなく、身体全体の疲れとして出たみたい。うっかり座るとそこに根が生えて動けなくなる、そんな感じ。見かねた夫が、マッサージに行ってきたら?と勧めてくれたので、お言葉に甘えてリフレクソロジーに行ってみたら、これが大正解☆ 我ながら別人のように元気が出た、と思ったのだが、夫も私の顔がすっきりしたと驚いていた。今までにこんなに効果を感じたことってなかったんだけど・・・年齢のせいですか。そうでもないですか。
あまりに気分がよかったので、寝る前にアンコの掌をマッサージしてやったら、ころっと寝た。ついでに夫の掌もマッサージしたら、首の凝りのツボが痛い、と言っていた。そういえばキナコにベビーマッサージをしてやろうと思いつつ、しないまま11か月になっちゃったなぁ。
ところで、今日は弟の誕生日。2つ違いの弟と4つ違いの妹の誕生日がくると、そんな歳になったのね、ということは私もそんな歳なのね、と毎年思う長女の私。そして、2児の母になって初めて迎えるきょうだいの誕生日は、また違った感慨があった。アンコとキナコを見ていると、なにかにつけ自分ときょうだいのことを思い出すから。
なにがおかしいのか、馬鹿笑いしている2人。お姉ちゃんのご飯が欲しいキナコと、これはまだダメだよー、なんて言っているアンコ。キナコが起きると飛んで行って、おはよう☆とくっつきに行くアンコ。お姉ちゃんが行くところには、どこにだってついていこうとするキナコ。そんなのを見ていると、きょうだいっていいな、子どもを2人産めてよかったな、って心から思う。そして、私たちもこんな風だったのかな、と思う。
弟よ、お誕生日おめでとう。弟として生まれてきてくれて、ありがとう。いつも優しい弟でいてくれて、ありがとう。あなたたちがいるから、私はお姉ちゃんでいられる。新しい歳を重ねて、いいオトナになってください。そして、同じ言葉を妹にも。
そしてそして、両親に感謝。
先月、父が60歳の誕生日を迎えた。そして今日はそのお祝い。母、弟、そして妹と、何か月も前から相談して、会食や記念品を用意した。ほとんどが父には内緒の、サプライズ。
今日は父の誕生日。お祝いのメールで「節目の年齢を迎えた気分は?」と尋ねたら「実感はまだまだです」という返信がきた。そこには、よくここまで生きた、という言葉もあって、ちょっと意外。そんなことを言う歳ではないだろうと思うのだけれど。
夜は"テレビ電話"をつなぎ、アンコと一緒にお誕生日の歌を歌った。にこにこと嬉しそうな父は、完全にジイジの顔で、ちょっと老けたように見えた。そういえば祖父がいつも、100まで生きる、と言っていたな、と思い出した。父が100歳になると、アンコは...45歳!? それを聞いたアンコは、えぇー!?!?とのけぞり、みんなで笑った。そんな歳のアンコは想像ができなくて、あまりにも先の話で、夢物語みたい。でも、今から100歳までの年月は、父が生きてきた年月より短いのだ。そう考えたら、ここまで生きたことに感謝する気持ちが、ちょっとわかる気がした。
仕事も続けるし、まだまだ若いお父さん。私も親になったことで、娘として30年以上、父の愛情を受けてきた幸せを実感できるようになりました。無償の愛を教えてくれて、ありがとう。この1年が、よい年でありますように。
ところで、どうでもいいことだけど。
今日入ったコンビニで感じた違和感の理由がわかった。夏になろうというこの時期に、中華まんが売られていたからだ。あれって、1年中売られているものなの???
1)白粥&蒸しかぼちゃでゴキゲンナナメ
2)白粥、炒り豆腐風高野(ひじき、コーン)、大根水煮、カボチャ拒否
**この頃、ものすごく量を食べるが、そっくりかえって拒否したりもするようになった。昨日ぐずぐずだったのは、お腹がすいていたからのような気がする。3回食にしないと足りないかも。